巨星墜つ(高久史麿先生を偲んで)
日本未病総合研究所の顧問をしていただいた高久史麿先生が去る3月24日お亡くなりになられました。
91歳でした。
高久先生は第20回日本未病システム学会(2013年)の開催を行うに当たり、名誉会長を喜んで引き受けていただき、募金集めまでにも快くアドバイスをいただき大変お世話になっていただきました。
その後、日本未病総合研究所を立ち上げるときも喜んで顧問を引き受けていただいたのを昨日のように覚えています。
日本医学会とはいわゆる医学界全般の総本山であり、そのトップであられました。
開業医の団体である日本医師会とは異なり、この日本医学会は基礎から臨床医学全体を網羅しており先進医学性および医の倫理にも渡る医学・医師のリテラシーの中枢と言っても過言ではありません。
この会長を13年間務められました。
ある方を通じ、高久先生を紹介していただき、第20回日本未病システム学会の名誉会長をお願いに当たった時のことはさらに鮮明に記憶しています。
当時駒込の日本医師会館の4階にこの日本医学会の会長室はありました。奥まった一室に会長の机はありました。
初めての面会に緊張しなかったと言えばウソになります。
医学全般を統合する分野のトップであられる高久先生に医学分野としてはまだノミネートされていない「未病」の学会の名誉会長の依頼であるからです。
おそるおそるお願いを切り出した時、穏やかな表情を浮かべられた先生は「わたしは未病のことは余り知りませんので福生さん教えて下さい。名誉会長宜しいですよ。はい」 とすらりと言われました。
医学界のトップの方からその末端の私に「教えてください」と言われて驚かないはずはありません。
この時、高久史麿という先生の巨大さに圧倒された一瞬でした。
それ以来一ヶ月ごとに準備状況の報告に通うのが楽しみになり、なぜか高久先生と会うとこちらが元気をもらうからです。
東京大学高齢社会総合研究機関の辻哲夫先生への紹介状を書いていただいたり、文科省科研費の担当者の紹介などいただきました。
おかげで第20回日本未病システム学会では懇親会の乾杯の挨拶をされ成功裏に終えることが出来ました。
また2015年神奈川県での未病サミットにて高久先生がご講演される前には私に相談をされスライドを見ながら未病の概念などをお尋ねになりました。
現代未病の定義、値の決め方などを伝えた時は厳格な研究者としての眼であったのを覚えています。
さらに、当時の日本医師会会長の横倉義武先生をご紹介いただきました。
高齢社会で未病概念の普及は医療費の適正化に寄与し、ひいては国民皆保険制度の持続にも通じるからです。
それまでは未病と日本医師会とはかなり距離のある関係でした。
そこで高久先生が架け橋となっていただき、横倉先生とは国民皆保険制度の持続という点で相通じることが出来たばかりでなく、高齢社会を迎える台湾への未病の普及に応援をいただくこともできました。
台湾での介護保険制度の確立にこの現代未病の主旨が活用出来る事を見抜き示唆していただきました。
常に日本の医学、医療の先を見られて、さらに健康そして未病のアップグレードまでも視野に入れられて、穏やかに公平に応援をされた先生でした。
先生、誠にかけがえのない時間をありがとうございました。
ごゆっくりお休みください。
合掌
令和4年3月27日
日本未病総合研究所 代表理事 福生吉裕
第20回 日本未病システム学会学術総会懇親会にて。高久先生と。(学士会館2013年)